①勉強なんて本人がやろうと思ったときにやればいいんだ。イヤイヤやっても身につかないでしょ?
②部活に一生懸命に取り組むことで、努力できる人間になるはず。
そう思って育ててきたのだけど、(部活を引退したのに)なんで勉強では頑張れないのでしょうか?
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いやー、参りましたね。
それ最初から全部、完璧に間違ってますよね!
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①について、変な塾長はこう考えます。
スマホとか楽で面白い物が多くある中、「本人が(勉強を)やろうと思った時」なんていつまで待ってもふつう来ないでしょう?
貧困とか格差社会とか言っても、私は身近で飢え死にした人は見てません。勉強しなくても生きていける世の中じゃないですか。好きで自分から勉強する人なんて、多く見積もっても人口の5%はいないのではないでしょうか???
そして、勉強なんてイヤイヤやっても身につくでしょう(>_<)!
というより、大半の成績優秀な難関大学合格者だって、好きで勉強しているわけがないですよ。
受験勉強が楽しいので大学合格後も塾や予備校に趣味で通いたいっていう生徒はいませんよ。
受験があるから仕方なくやっているのですよ。
②「努力できる人間」について、変な塾長はこう考えます。
部活は、受け身の努力です。
その練習量がいかにすごくても、それは受け身です。
例えば、東京に通うサラリーマンはみんなものすごい努力家といえるでしょうか?
毎日、通勤電車に往復2時間。通勤ラッシュは本当につらいですよね。
会社では残業が毎月○○時間。本当によく頑張っていますよね。
しかし、その同じ人物が自分の将来のために1日1時間資格試験の勉強をする事が、いかに難しいことか!!!
そう、出来ないんですよ、能動的な努力は。
人間は受け身の努力・忍耐は、結構できてしまうのです。
反対に、サボっても誰にも何も迷惑をかけない状況で、能動的に努力する事は、難しいのです。
この2つの努力は、似ているようで全く違うのです。
能動的な努力が出来ない、ふつうの人を高学歴(例えば医学部)にするために、24時間寮生活で管理する医学部専門予備校なんかが存在し、ふつうの人が高学歴(医者など)になる夢をかなえているのです。
それのどこが悪いのでしょうか?
塾や予備校は、能動的な努力が出来ないふつうの人を勉強させる、だから価値があるのですよ!